神田明神の神田祭 歴史と由来 山王祭との関わり

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神田祭の歴史と由来 山王祭との関わり

神田祭を行う場所は神田神社、

俗に言う「神田明神」の祭礼です。

神田神社は東京都千代田区外神田二丁目に鎮座する神社で、

近くに湯島聖堂や湯島天神があります。

神田明神 御朱印帳&御朱印

kanda-myoujin
画像引用元 : http://gosyuinbito.com/archives/2757

祭神は

大己貴命(おおなむちのみこと 大黒様)、

少彦名命(すくなひこなのみこと 恵比寿様)、

そして平将門(たいらのまさかど)、

三柱の神様です。

ちなみに、日本の神様は一体と数えるのではなく、

一柱(ひとはしら)と数えます。

大黒様と恵比寿様は七福神のお仲間ですが、

平将門は勇猛な坂東武者です。

歴史と由来

桓武天皇五代の後胤(五代目の子孫)で、関東の豪族だった。

一族の勢力争いから京の朝廷と対立するようになり、

939年、朱雀天皇に対抗して平新王と称しました。

同じ頃、が瀬戸内海で挙兵したので、

二つを合わせて承平天慶の乱といいます。

偶然だったのか、二人がしめしあわせたのか、

それはわからないです。

将門は藤原秀郷(俵藤太)と平貞盛に敗れて討死し、

京の三条河原に首をさらされました。

この首が宙を飛んで(?)関東に帰り、

落ちた所が千代田区大手町。

今もそこに将門の首塚があります。

その後十四世紀の初め、

将門の怨念により疫病が流行したので、

怨霊を鎮めるために神田神社の祭神としました。

日本には「御霊信仰」というものがあります。

激しい怨みを抱いて死んだ人間は祟るとされ、

恐れられました。

怨霊が祟らないように神としてり、

むしろ、その力を借りて守り神としたそうです。

菅原道真は天神様となって天満宮に祀られ、

崇徳上皇は白峰神社に祀られています。

もっと古くは、大国主命(おおくにぬしのみこと)を

出雲大社に祀っていたそうです。
 

神田祭

祀られている神様が将門様だからか、
神田祭は威勢がいいですね。

山王祭・深川祭と並ぶ江戸三大祭の一つです。

日本三大祭は

・京都の祇園祭

・大阪の天神祭

・東京の山王祭

ですが、山王祭ではなく神田祭とすることもあります。

御祭礼は、五月十五日に近い土曜日。

「いきは深川、いなせは神田」

と言われる神田っ子が

各町内の神輿(みこし)をかついで宮入りをする光景は勇壮活発!

夜宮(宵宮・ねり 前夜祭)では神馬である白馬を先頭に立てて、

行列がねり歩きます。

江戸時代、神田祭は九月十五日で秋祭りでした。

赤坂の山王日枝神社の御祭礼は六月十五日で、

現在も同じ頃に行われます。

神田祭と山王祭は、ともに天下祭・御用祭と呼ばれた。

祭行列が江戸城内に入り、将軍家が見物するからです。

山王日枝神社は徳川将軍家の産土神なので、

17世紀初頭から入城を許されましたが、

神田祭は元禄になってからです。

 

山王祭と神田祭の関わりについて

1681年からは、

山王祭と神田祭は交互に本祭を行うようになりました。

子・寅・辰・午・申・戌の年は山王祭、

・卯・巳・未・酉・亥の年は神田祭

で、将軍家が見物するのはそれぞれの本祭です。

今でも、本祭(表)と陰祭(裏)があります。

今は神輿ばかりになってしまいましたが、

江戸時代は、山車(だし)や踊り屋台、

ねり物(仮装行列)が祭行列に加わりました。

祭行列は夜明けに出発して外神田から千代田城内に入り、

本町通りに出て大伝馬町、日本橋、京橋を通って本社に帰ります。

神輿を担ぐ若い衆の声も勇ましく、

神田ばやしの太鼓や笛がにぎやかに響きます。

明治になってからも神田祭の威勢は衰えず、

昭和四十年代の初めまでは、

「祭行列で日本橋から須田町まで都電を○○台止めてやった」と、

いばる兄さん達がいたものです。

ところで、平将門は成田山新勝寺が大嫌いだそうです。

僧正が将門をするために

不動明王のをたいためであるからだそうです。

神田明神の氏子は成田山に参拝すると、将門の怒りを招くそうです。

将門の首塚は今でも祟るといいます。

神田明神 夏越大祓式

火の輪くぐり

神田明神6月の行事

境内にて夏越大祓式

茅の輪をくぐりの後

身についてしまった罪やけがれを

人形(ひとがた)に託して身体を清める行事が

『大祓(おおはらえ)』です。

その人形(ひとがた)を古式に則り大海原(お台場沖)に流し去り、

罪穢や災禍を消滅させて心身の清浄を祈ります。

人形流し
Google Maps

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