三社祭 その歴史と祭の特徴について調べてみた!

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三社祭の歴史

三社祭は東京都台東区浅草の浅草神社の御祭礼です。
 
現在は五月の第三週の金・土・日曜日に行われますが、

江戸時代には三月十七日十八日で、観音祭・船祭・示現会の三つに分かれていました。

1872年(明治五年)から三つを一緒にして、五月十七日・十八日に祭を行うようになりました。

推古天皇の御世、土師真中知(はじのまつち)が家来の桧前浜成(ひのくまのはまなり)・竹成(たけなり)の兄弟で、宮戸川(隅田川)で漁をしていたところ、網に小さな観音像がひっかかったそうです。

これが浅草の観音様で、今も浅草寺の御本尊として知られているそうです。

一寸八分(5~6cm)と小さいが、昔から今にいたるまで多くの人々に信仰されています。

「小粒でも、これ見てくれの大伽藍(だいがらん)」と、川柳にもなった秘仏です。

また、浅草寺本堂となりの三社権現には、観音像を発見した三人が祀られています。

そのため、三社祭を観音祭とも言ったそうです。

日本舞踊の「三社祭(弥生の花浅草祭)」は、浅草寺の起源となった伝説を基にしています。

清元斎兵衛作曲、瀬川如皐作詞。1832年中村座で初演されました。

踊るのは三人ではなく二人。

三社祭の山車(だし)になっている二体の漁師の人形をまねしています。

小舟に乗って宮戸川(隅田川)で漁をしていると、

一天にわかにかき曇り、黒雲の中からあやしい二つの玉が降ってきました。

これは善玉と悪玉で、二人の漁師に乗り移る。とてもコミカルな、動きの激しい踊りです。
 
江戸時代までは寺と神社は一体になっていることが多かった。

三社祭も、浅草寺と三社権現は一体で祭を行いました。

しかし、明治になると神仏分離、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく 仏教を排斥して寺や仏像をこわすこと)の運動が起こり、三社祭は浅草神社の祭礼となりました。

浅草寺の祭というわけでもないでしょうが、江戸の祭を「神輿(みこし)深川、山車神田、ただっぴろいは山王様」と歌っていて、三社祭は取り上げていないそうです。

さて、現在、三社祭は少し苦しい局面を迎えているようです。

神田明神の神田祭、富岡八幡宮の深川祭は氏子や町内会の結束が固く、よそ者の侵入を許さないらしい。

神輿をかつぐ男性達も祭はんてんをきちんと着て、ふんどし姿は見られない。

 現代の三社祭の特徴

ところが、浅草三社祭となると少し様子がちがいます。

神輿をかつぐ男性をはじめ、祭に参加する男達はふんどし姿が多い。

しかも、彫物(くりからもんもん)をしています。

腕や背中だけでなく、全身、頭まで彫物をしている人が大勢います。

祭はんてんも脱いで彫物をあらわにしています。

三社祭に参加する人々は七割から八割が暴力団関係者らしいです。

祭が資金源となっているらしい。

そのため、神輿の上に乗るなど、神田祭・深川祭・山王祭では考えられないことをする。

出発時や宮入時に喧嘩も起きる。警官隊と衝突もする。

地元の人々は苦々しく思っているでしょうね、やはり暴力団は怖いし下品です。

外人観光客やよそから来た見物客は、「これが三社祭の伝統か」と思って眺めています。

外部から来た見物客は地元の人々が暴力団に威圧されていることなど全く知らないでしょうね。

古き良き時代の浅草

浅草は江戸時代から庶民の娯楽場だった。

浅草寺裏の浅草奥山には見世物小屋が並び、

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大道芸人が道端で芸を見せる。

すぐ近くの猿若町には

森田座・中村座・市村座の芝居小屋が幟(のぼり)を上げる。

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私の祖母は何かあると「観音様に願をかけ」、願いごとがかなうと「お礼参り」に行きました。

私は祖母のお供をして浅草に行き、

下町の食堂でテンプラやうなぎを食べさせてもらった思い出があります。

あんみつに芋ようかん、釜飯におしるこ、

今でも浅草には安くておいしい食べ物がたくさんあります。

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浅草は心温まる庶民の街です。

宝の舞

5月5日のこどもの日になると、浅草寺 境内 伝法院にて、

七福神を乗せた『宝船』を 漁師姿のちびっ子たちが曳いて街を練り歩きます。

宝の舞

最後に五重塔前でご加護を授かります。

浅草神社・御朱印帳&御朱印

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画像引用元:http://aegis.holy.jp/zinja/syuin/tokyo/asakusazinja.shtml

〒111-0032
東京都台東区浅草2-3-1
TEL : 03-3844-1575

アクセス
地下鉄/都営地下鉄浅草線浅草駅から徒歩で7分
地下鉄/東京メトロ銀座線浅草駅から徒歩で7分
東武線浅草駅から徒歩で7分
つくばエクスプレス浅草駅より徒歩で10分

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