年越しそばの由来と蕎麦の歴史 年越しそばのいろんな呼び方

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年末最後の締めくくり料理「年越しそば」

年末最後の締めくくり料理といったらやはり年越しそば。

日本人であれば誰もが知っている習慣として昔からされています。

しかし、確かに蕎麦といえば日本料理の一つですが、

何故わざわざ大晦日におそばを食べる習慣が出来たのでしょうか?

その歴史や由来、呼び方などを見ていきたいと思います。

蕎麦の歴史

日本料理の1つでもあるお蕎麦。

夏にざるそばを食べるといった風習は今でも残っていますよね。

そんな蕎麦の起源は正確なものは分かっていませんが、

奈良時代には既にあったことが分かっています。

これはとある書籍に書かれていたソバの花の栽培について

書かれていた事から考えられます。

しかし、これが現在の蕎麦と一致しているかはわかりません。

なぜなら、ここに書かれているソバの花が

当時は沢山栽培されていたと言った内容は書かていないからです。

しかし、平安時代にはとある僧侶が山中で

ソバを振る舞われたことを詩にして詠んでいます。

この時、蕎麦というものを見たこともない様な

食べ物と現している事から考えられるのは、

「奈良時代に一時的に食べられるようになった蕎麦

(現在の物とは異なる形状と考えられる)ですが、

それから変化することなく文明が変わっていき、

一部地域でのみ蕎麦が作られていた。」

ということだと思います。

因みに、平安時代当時はまだ蕎麦というものは

餓死をしのぐための雑穀の1つでしかなかったと考えられています。

その後、そばが麦のように粒で食べられていたものから、

そば粉を作り出して食べるようになったりと工夫されるようになり、

17世紀に現在のような麺状の蕎麦が完成したと考えられます。



年越しそばの由来

年越しそばといえば先程も話したように

大晦日の夜に食べるおそばのことを指します。

これは縁起担ぎのために食べられていたのです。

そもそも年越しそばというものは

江戸時代当時に定着した習慣となっています。

大晦日にお蕎麦を組み合わせた理由は

蕎麦が他の麺類に比べ簡単に切れてしまうからということでした。

つまり「今年に起こった災厄を断ち切る」

という意味が込められているのです。

だからこそ、年が明ける前に食べるのが習わしとなっているのです。

また、他にも様々な由来が仮説として残っており

「蕎麦が細長いことから長寿祈願として」

など「家族の縁が長く続いていくように」などもあります。

他にも薬として「蕎麦が5蔵の毒に効く」という起源もあります。

少し変わっれいるのがソバの花から連想される

「ソバの花が風や雨に打たれても、その後晴天になると元気に育つから」

というのもあります。

現在でもその習慣は残っており日本の重要な文化として

現在も年越しそばを大晦日に食べる人は多いみたいです。

年越しそば、他のいろんな呼び方

年越しそばには様々な呼び方があります。

幾つか紹介したいと思います。

年末に食べるものとして

「晦日そば」

「大年そば」

「大晦日蕎麦」

などとも呼ばれています。

また、この晦日そばというのは、

むかし毎月の最後の日にお蕎麦を食べていた習慣があり、

当時は「三十日そば(みそかそば)」

と呼んでいたからだと考えられます。

また、一般的な由来から連想される

「年切りそば」

「縁切りそば」

などがあります。
他にも縁起担ぎで

「長寿そば」

「年取りそば」

「福そば」

など、呼び方は地域によって様々なようです。

まとめ

現在も日本人の心のなかに

根強く残っている風習の一つである年越しそば。

年末に家族で食べるのはむしろ当たり前と言っていいでしょう。

大晦日に大掃除も終わって

家族でのんびり過ごしてお蕎麦をすする。

それこそ、日本人のあり方のような気がします。

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