浅草寺 12月最後の縁起物羽子板とは?

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華やかな羽子板が並ぶ「羽子板市」

華やかな羽子板がたくさん並ぶ羽子板市。

1年に1回、日本中の美しい羽子板が揃い

購入できる機会があるこの羽子板市ですが、

羽子板の由来やルーツ、また

一体何故このようなイベントが出来たのか、

見ていきたいと思います。

 

羽子板市とは?

羽子板市は江戸時代になってから初められました。

当時から、18日である「観音様の日」を挟んで

3日間浅草寺で行われている羽子板市では

昔とは違う羽子板が現代風に楽しめるようになりました。

ここでがは武士の絵や歌舞伎役者、七福神や干支の絵など

日本絵が書かれていた羽子板がメインで置かれているのですが、

近年ではその年に話題となったドラマの主人公や

人気の選手などの絵が描かれている物もあります。

また、人気のあるキャラクターの羽子板の存在も忘れてはいけません。

この、どこにもないような羽子板も一緒に並んでいるというのが

この羽子板市の魅力でもあるのです。

因みに、羽子板は縁起物なのでここでは市場なのですが、

値切るといった行動はとらないことがベストです。

それでも、値切っているのを見かけたという人がいると思いますが、

それは店員との会話を楽しんでいることが多く

実際に値切っているわけではありません。

値切りに成功しても原価を払いその楽しかった時間を

買い取ったとかんがえるのがこの市場での醍醐味なのです。



観音御縁日

初めの話をすると観音御縁日は18日になります。

更に12月はその年最後の月ということで「納の観音」と言われます。

そして、その日は現在羽子板市として親しまれていますが、

元々は「歳の市」と呼ばれる市場でした。

歳の市には正月に使う品や縁起物などを販売している屋台が

たくさん並び多くの人びとによって賑わっていました。

そして、この歳の市に来ることが習わしのようなものだったそうです?

因みに現在羽子板市に変わった理由としては、

羽子板が縁起物であり、

そのお店が増えていったことからと考えられます。

羽子板の羽が飛んでいる様子がトンボに似ているので

昔から女の子が産まれたらその家に羽子板を贈る習慣がありまた。

トンボは害虫を食べてくれるので、

悪い虫が寄り付かないようにと演技が担がれていると言われています。

また羽の豆部分からとて「魔滅(まめ)」という

語呂合わせをして魔除けに使っていたという説もあります。

現在ではほとんどの屋台が羽子板を売りだし、

羽子板市と姿を変えていったのです。

羽子板とは

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羽子板市こと歳の市は江戸時代に始まりましたが、

羽子板そのものは室町時代から存在しました。

元々は厄祓いでもなければ、飾るものでもなく、

羽根つきの道具として存在しました。

しかし、作成過程では蚊を食べるトンボに

似せて作られたことがわかっています

正月に羽根つきをする印象がありますが、

それは室町時代の文献から来ていると考えられます。

その文献には「正月に羽子板を用いた」と書かれてあったのです。

この文献は羽子板について書かれている

最古の文献だと言われております。

それが今のように縁起物へと変わっていったのです。

因みに、現在売られているような絵の貼られていたり

書かれていたりする羽子板も江戸時代から作られたと言われています。

歌舞伎のような娯楽を楽しむ余裕ができたことによって

人々が其のような美しい絵に取り込まれていったのです。

まとめ

羽子板市は昔の人にとって1つの楽しみとして

存在していたということがなんとなくわかると思います。

現在の若い人にはまり馴染みはありませんが、

美しい飾りを見に行くという感覚でもいいので

是非見に行ってはいかがでしょう?

もしかしたら、いいことが起こるかもですョ♪

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