安保法案VS中国の脅威そのルーツ&歴史とは?

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安保法案と中国の脅威

2015年の日本では安保法案の賛成VS反対が深まり、混迷が続いています。

しかしながら、最近では中国の脅威も警戒が必要とされております。

中国の脅威、そのルーツ&歴史とはどこから来ているのでしょうか?

故意的な戦争「満州事変」

歴史の教科書で1度は見たことのある満州事変。

簡単にお話すると日本がわざと自国の鉄道を爆破させ

中国人のせいにしたというお話なのですが、

詳しく知っている人はそんなにいませんよね?

また、この事件について中国側はどのように歴史が

進んでいたのか調べてみたいと思います。

1931年9月18日 満州事変

事件は1931年9月18日の午後10時20分頃に行われました。

日本と中国を繋いでいた南満州鉄道の柳条湖近くの路線上で

起きた爆発のことを私達は「柳条湖事件」と呼んでいますよね。

爆発自体はとても小規模のものであり爆発したにも関わらず

その直ぐ後にも急行列車が普通に走っていたと言われています。

この事件には関東軍が首謀していたそうで戦争を仕掛けるために

行ったという事実は戦後の調査によって判明しています。

この事件が起こった柳条湖には国民革命軍と称する

中国軍の営である「北大営」がありました。

当然何も知らない中国兵は爆音に驚き北大営から出てきたのですが、

その瞬間射殺され、日本軍はそのまま北大営を占拠してしまいました。

また、関東にある中国兵の営はその翌日までに全て占拠してしまったそうです。

その後朝鮮人を派兵するなど様々な話し合いなどを終えた結果

日本軍は勝利となりました。

そして出来たのが満州国というわけです。

満州事変が起こった原因

この原因は実は中国と日本の外交関係についてありました。

日本が明治時代だった1902年当時中国では

イギリスとの条約である「英清通商航海条約」が

改正するための議題として、「領事裁判権」の廃止や

「関税自主権」の回復などがありました。

その改正が無事に交渉成立となった中国の一部である

中華民国が1919年に行なったカラハン宣言の後に

ものすごい速さで共産党勢力に近づいていきました。

その際に国家継承の条約継承否定説を採用した事により

日本と結んでいる条約を無効にすることを宣言しました。

その宣言はあまりにも一方的なもので、

当然日本政府はその宣言の向こうを主張しました。

他にも1915年でおこた対華21カ条要求などあったが、

一番の原因となるのは「土地盗売禁止条例」「商租禁止令」

を含む59もの法令が追加されたことにより日本人住居者は

中国から立ち退きを強制され、更には迫害されました。

満州国の建国による影響

1932年2月満州事変により満州国土は

関東軍が程占領することに成功しました。

その後3月1日に満州国が建国されたのです。

といっても、満州国は日本の領土になったというよりも

中国から分裂したという表現のほうがしっくり来ると思います。

それは、国の偉い立場に当たる人々がほとんど中国人だったからです。

その後、6月14日には満洲国への承認決議案が出され、

9月15日には日本と満州国の間にある「日満議定書」が定められました。

これにより満州国にいた日本人の安全確保が可能となったのです。

しかし、この満州国を作ったことにより日本は

国連から脱退することになりました。

原因として、満州国を国として認めないと国連が話したからでした。

まとめ

満州事変について少し詳しくまとめてみましたが、やはり国の問題は

そう簡単にはいかないことがよくわかったのではないでしょうか?

この満州事変により当時の日本と中国の国通しの関係は悪化する一方でした。

さらに、国連を脱退してしまったことにより戦争が起こった時でも

不利な立場になったことに、

この時の日本は気付いていなかったようです。

そして・・・

最近では、中国による東シナ海での基地建設やガス田開発など

軍事施設による脅威が指摘されています。

与党が提案している安保法案の内容は

戦争を未然に防ぐための方法のひとつとして説明してますよね?

しかしながら反対側の意見ではいつのまにか、

『戦争を未然に防ぐための法案』→『戦争を行う法案』に

すり替えられています。

今後の流れが心配になるところです。

 中国の南シナ海・尖閣諸島進出に感じたこと

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