厳島神社のお祭り、管絃祭の歴史と日程

平安時代から続く管絃祭

宮島で毎年旧暦の6月17日に行われる管絃祭です。

大体旧暦の6月17日は7月下旬なのですが

今年は2015年は8月1日に行われるようですね。

大阪の天神祭と並び「日本の三代船行事」とも言われており、

平安時代から続く管絃祭はいまでもその様子は変わることなく行われています。

あまり人々に馴染みのないお祭りですが、古い日本を感じられる行事のようです。

では、どんな理由で初められ伝えられたのか見て行きたいと思います。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

管絃祭の歴史

厳島神社を崇拝していたことにより、

今の姿へと造営した平清盛が始めたのが管絃祭です。

都で行われていた池や川に船を浮かせながら

楽器を演奏する遊びが元のようです。

この遊びが管弦遊びと言われていていたのですが、

厳島神社の神を慰める神事として行われるようになりました。

平安時代の当時は厳島は島全体が

人は住んではいけないという決まりがありました。

その為、厳島には立ち入ることはせず地御前神社から

管弦船という船に乗り神事を行っていました。

鎌倉時代以降には島に人が住むようになってからは

厳島神社から管弦船を出し地御前神社を経由し

厳島神社に戻るといった現在の形になりました。

管弦船とは

今の管弦船は和船を3つ横に並べ1つに組み、

それを3つの船で行っていますが、エンジンなどない以前は大型の船を自力で漕いでいました。

管弦船が阿賀村と江波村で出すこととなっている理由は昔に起こった事故が原因だそうです。

元禄14年当時に例年通り管絃祭に基づき管弦船を動かしている最中、

暴風雨に遭遇して転覆寸前だったそうです。

しかしそれを救ったのが、

偶然的に風雨を避けるために停泊していた阿賀村の漁師が乗っていた

鯛網船と厳島神社に参拝を行っている江波村の住民の

伝馬船が管弦船を救出したことから決まったようです。

開催日程(2015年)

先ほどもお話したように毎年旧暦の6月17日に行われています、

この日付から伝われているのか「十七夜祭」とも言われています。

基本的に旧暦の6月17日なのですが、

船を使って行う神事なので潮の様子を考慮しなるべく大潮の日に行われるようになっています。

当日の祭り自体は朝から行われるのではなく、

夕方の4時から行われる発輦祭を祭り開始の合図に始まります。

その後厳島神社を出て火立岩を通り地御前神社に行きます。

ここにつく頃には既に夜の8時前になってしまいます。

戻ってくるときは長浜神社、大元神社を通り火焼前を通って厳島神社に戻ります。

戻ってきたら神さまに船を還すという意味で

「御本殿還御」が行われる頃にはもう11時頃になってしまうようです。

管絃祭の前日の行事

管絃祭の前日は朝から船を漕ぎます。

船を漕ぐ人の服装はハッピに白足袋、手甲、脚絆に笠をかぶるといった、

昔ながらの格好で漕ぎます。

そして、本川を逆上りお世話になっている所、地域に挨拶回りを行います。

この時の挨拶とは船を左回りに3階まわすことを指しています、

その後食事をするのですが、

以前は本川橋にある森川家で食事を取る習慣がありましたが、戦後に森川家が移転をしてしまい、

中央卸売市場で食事を行うようになりました。

そして現在、中国新聞社が食事を提供することにより伝統が今でも守られています。

まとめ

平安時代から行われている管絃祭はその古すぎる歴史から、

きっかけなどの詳しい内容は伝えきることが出来なかったみたいです。

しかし船の上で音楽を奏でるなんて、なんとも雅な行事だと思いませんか?

平安時代のそのゆるやかな人間性の合わられなのかな?

なんて思ってしまいますよね。

もしくは都に住む人は貴族が多かったということもあるのではないでしょうか?

古き日本を感じる事のできる数少ないお祭りです。

是非皆さんも行ってみてください。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です