葵祭りの起源と下加茂神社・上加茂神社の神事比較

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2016年 葵祭り

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葵祭 上賀茂神社と下鴨神社 神事比較

葵祭り は京都最古の祭です。

毎年五月十五日(旧暦四月中旬の酉の日)に開催されます。

祇園祭・時代祭とともに京都三大祭の一つです。

祇園祭が庶民の祭であるのに対し、葵祭は勅祭、

つまり天皇が朝廷の儀式として行った貴族の祭です。

葵祭・石清水祭・春日祭を三勅祭といいます。

葵祭は天皇と賀茂一族の祭でありました。

京都最古の神社である上賀茂神社と、

やはり古くからある下鴨神社の大祭です。

神社

上賀茂神社と下鴨神社

上賀茂神社

賀茂別雷神社(かものわけいかづちじんじゃ)といって、

祭神は賀茂別雷大神(かものわけいかづちのおおかみ)になります。

上賀茂神社 御朱印帳&御朱印

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画像引用元: http://gosyuinbito.com/archives/4593

下鴨神社

賀茂御祖神社(かものみおやじんじゃ)といって、

祭神は賀茂建角身命(かものたけつぬみのみこと)と

玉依姫命(たまよりひめのみこと)になります。

賀茂建角身命は玉依姫の父、玉依姫は賀茂別雷大神の母です。

そのため、御祖神社という。

崇神天皇の頃(3世紀末から4世紀初頭)に創建されたとも、

天平の頃(8世紀中頃)に上賀茂神社から分置されたとも伝えられています。

両神社とも賀茂一族の氏神です。

賀茂一族の祖先は八咫烏(やたがらす)に化身して

神武天皇を導いた賀茂建角身命とされています。

天神(あまつかみ)系の氏族。

ちなみに、

陰陽師で有名な安倍晴明(あべのせいめい)の師匠にあたる

賀茂忠行(かものただゆき)は地祇(くにつかみ)系の別の氏族です。

賀茂別雷大神の別雷(わけいかづち)とは若雷のことで、

若々しい力に満ちた荒ぶる神です。

厄除け、落雷避けとして信仰されている。

賀茂建角身命は導く神、勝利をもたらす神であり、

玉依姫は縁結びの女神です。

下鴨神社 御朱印帳&御朱印

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画像引用元: http://gosyuinsanpo.com/wp-content/uploads/2015/09/IMG_4114_1-450×361.jpg 

起源567年 葵祭の様子

欽明天皇の御世、激しい風雨がおさまらずして、

農作物は不作に終わりました。

伊吉の若日子が占うと、

「賀茂の神々が怒っている」と出たそうです。

そこで、若日子は勅命(天皇の命令)を受けて、四月の吉日に祭礼を行いました。

馬に鈴をかけ、人は猪頭(ししがしら)をかぶり、駆競(かけくらべ)をしました。

すると、風雨がやみ、五穀が豊かに実ったそうです。

それから、毎年、祭礼を行い、819年には朝廷の重要な行事と定められました。

歴史(平安時代~戦国時代)

平安時代には盛大に行われ、鎌倉時代に引き継がれた祭も、

応仁の大乱(1467)以降戦国時代にかけて、

京の都は戦火に荒れ果てて祭礼どころではなくなったそうです。

1694年、元禄時代に復興されてから、

御所の宸殿、御所車、勅使・供奉者の衣冠、牛馬にいたるまで、

すべて葵の葉を飾ったので「葵祭」と呼ばれるようになりました。

下加茂神社と上加茂神社の神事比較

祭礼は、宮中の儀・路頭の儀・社頭

の儀の三つの儀式から成っていましたが、

現在は宮中の儀は行っていません。

前儀として、下鴨神社では

「流鏑馬神事(やぶさめじんじ)」が行われ、

流鏑馬

貴族や武士が馬を走らせながら矢で的を射る。

上賀茂神社では

競馬神事

「競馬神事(くらべうまじんじ)」が行われる。

路頭の儀は、御所から下鴨神社を経て上賀茂神社まで約8km、

平安時代の衣装をまとった人々が牛車とともに行列します。

近衛使・検非違使・山城使・馬寮使・内蔵使からなる本行列と、

斎王代をはじめとする女人行列があります。

祭の主役は「勅使(天皇の使者)の本行列でありますが、

注目を集めるのは斎王代達女人行列です。

賀茂神社には、810年から斎宮がおかれ、

皇女(内親王)が斎王(御杖代 巫女)として奉仕しました。

斎王代とは、一般人の中から選ばれて斎王の役を務める女性です。

ただし、斎王代を務めるには数千万円かかるので、

京都の裕福な家の令嬢に限られてしまいます。

社頭の儀では、下鴨神社と上賀茂神社において、

勅使の掌典職の掌典が祭文を奏上します。

古風で優雅な祭でありますが、

残念ながら五月の半ばで、雨の降るときが多いです。

雨で中止になる場合もあります。

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