鰹の生態 戦国時代~江戸時代のうんちく話

鰹

スポンサーリンク
スポンサーリンク

鰹の生態

かつお、鰹、堅魚。英語でbonito,あるいはskipjack。

スズキ目サバ科に属する外洋性の大型肉食魚です。

熱帯・温帯海域に広く生息し、南洋では年中見られます。

日本では、春頃から黒潮(暖流)に乗って北上し、

夏に、黒潮と親潮(寒流)のぶつかる三陸沖に到達します。

親潮の勢いが強くなる秋、南下します。

背中は濃い藍(あい)色、腹は銀白色だが、

あばれて興奮したりすると、横じまになります。

死ぬと横じまが消えて、縦じまに。

さて、

北上する鰹に脂(あぶら)がのって食べ頃になるのが、五月頃。

これを初ガツオと言って、江戸の頃からもてはやされるようになりました。

北上を始めたばかりの三月頃は脂がのっていないし、形もそろわないです。

秋に南下してくると、

戻りガツオという呼び名で親しまれ、脂がのって、おいしいです。

戦国時代の様子

大和時代からカツオを食べる習慣がありましたが、

干物にして「堅いうお」すなわちカツオと呼んだそうです。

鰹節(干しカツオ)は神饌(しんせん)の一つでありました。

戦国時代になると、「勝ち」に通じるところから、武家に喜ばれました。

織田信長は、清州城や岐阜城まで生のカツオを取り寄せて、

刺身を家臣にふるまいました。

しかし、カツオの人気が高まるのは、なんといっても江戸時代です。

それも、四月から五月の初ガツオでなければいけないのです。

目には青葉 山ほととぎす 初鰹 素堂

元禄時代の俳句です。

鮮やかな新緑を眺めていると、ほととぎすの初音が聞こえてきます。

食卓にはピチピチしたカツオの刺身!

江戸時代の様子、初ガツオの相場

ところが、江戸時代ではこの初ガツオの高価なこと、

目の玉が飛び出るほど。

1812年三月末、

歌舞伎の人気役者中村歌右衛門が

カツオ一本(一匹)を三両で買ったという記録があります。

当時の下女の給料が年間で最高二両、

下級武士の年収が三両一人扶持(いちにんぶち)だから、ど

れほど高価かわかります。

ちなみに、武士を馬鹿にして「サンピン」と呼ぶのは、

この三両一人扶持からきています。

一両は今の十万円くらいと考えていいでしょうか?

だが、高いからって、指をくわえて、

よだれを垂らしながら見ているようでは江戸っ子ではない!

一本三両では、とても手が出ないけど、

四月末から五月に入り、

両、二分(一両の半分)、一分(一両の4分の1)と

値が下ってくると、江戸っ子達の目が輝き出します。

カツオは生き腐れ(いきぐされ)というほど、くさりやすいです。

鮮度がすぐ落ちるんです。

湘南や伊豆から八挺櫓(はっちょうろ)の船を飛ばして、

夜明け前にカツオが日本橋の魚河岸に届く。

待機していた鰹売りが半台(盤台)をかついで、暗い街に飛び出して行く。

「カツウ、カツウ

と威勢よく呼び声を上げる。

女房と半いさかいで初鰹   

女房とけんかしても初カツオを買う。

女房を質においても初鰹  

女房を担保に借金してまで初鰹を買う。

意地づくで 女房 鰹なめもせず  

今も昔も、女房族の財布のひもはかたい。

亭主が、たかがカツオに大金を使うのが許せない。

カツオ一匹で夫婦けんかが始まる。

食べ方、今と昔

カツオの刺身やタタキは、ショウガやワサビ、大量のネギやニンニク

といっしょに、醤油(しょうゆ)をつけて食べる。

おろし大根と醤油で食べるのもいい。

最近は、醤油マヨネーズやポン酢をつけて食べる人もいる。
 
昔の江戸時代は味噌(みそ)をつけて食べた。

男はカラシ味噌、カラシ酢。女は味噌とおろし大根。
   
初鰹 夫婦別ある からし味噌

カツオは鮮度が落ちると中毒しやすくなります。

プトマイン中毒といって、

江戸の頃は「鰹酔い」と言って頭痛に見舞われた。

初鰹を買えない者は、値段がうんと安くなるのを待つ。

夏になると、かなり値下がりするが、

それも夕方近く鮮度の落ちたのを買う。

おかげで食中毒。

恥ずかしさ 医者に鰹の値が知れる。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です